Monday, November 12, 2012

虫姫三態

虫姫三態
沼谷香澄

爬虫
弾くほどに弦ゆるみゆく三味線の猫の昼寝と蜥蜴虫姫
役人とお天道様にゃ敵わない来よし住吉虫姫の庭
カラフルに素っ頓狂な縞柄のまだいとけなき虫姫の夏
赤楝蛇(やまかがし)より恐ろしのはだら虫姫は青大将の跡継
わが庭の八百万なる虫姫の目に触るる昼音に聞く夜
虫姫を自ら抱いて育てんと箱に囲うな儚き桜
幼きにまず触れてみんおよづける虫姫あなや我物ならず
木造の板壁の姫すべらかの守宮虫姫疾く陰に入れ
フィギュアなら見交わすことも叶うものを虫姫に好かるるは難しえ
守宮からはじめてみよう夜の目の開かれた目の虫姫の目の

昆虫
崩れゆく翅台風になびかせてかんばせ上ぐる虫姫を見よ
小雀といえば初秋の夜の壁小の字を真似びあそぶ虫姫
花の蜜薫るところにうぐいすの色の虫姫人に知らゆな
秋の野のこころもとなく子虫姫うすき皮して未世(みよ)に残るや
蛹有る枝に蜂あり色くろく翅まだしらぬ虫姫を食う
ちいさきを選びて腕を歩かせる虫姫の脚にアラ掴まれた
虫姫は夫を喰いたしさはされど命惜しかろ蟷螂の牡
初齢のみ毒虫姫にあるという白火取蛾の常ならぬ白
餌として喰わるるために在らぬなり姫角出して鬼になりなん
願わくは白髪花子と呼ばれたし鏡よ鏡われは虫姫

むし
落ちざまに背を土に打ち丸くなる虫姫の腹その白きつや
まいまいのシナモンロール チョコレートひとすじ入りたる姫にあいたい
汚濁対浄化。平巻と闘うも負けを認めて子産みき姫は
毒虫のような色した姫君が南の海に住みにけらしな
Gという昆虫がいて夜の庭にKGB(コウガイビル)という姫がいる
人の目は憚るものにあらぬらし手のひら大の蟇姫と、夫
雨降らす姫を幼きヒトは踏み雨ふらずして噴射をくらう
砂の上砂の中には固きもの鋭きものの多く、姫なし
波に漂う読めない文字の菓子袋同じ顔して生きる虫姫
海月(うみづき)と書きし時点で滋養など希むべからず。姫かく語る


                  初出 詩誌「GANYMEDE」vol.55

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